★ 【崩壊狂詩曲・異聞】The Seed ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-5455 オファー日2008-11-24(月) 00:01
オファーPC リゲイル・ジブリール(crxf2442) ムービーファン 女 15歳 お嬢様
ゲストPC1 刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
ゲストPC2 十狼(cemp1875) ムービースター 男 30歳 刀冴の守役、戦闘狂
<ノベル>

 リゲイル・ジブリールが古民家を訪れたのは、あの、幾重にも絡まりあった事件が終決してしばらく経ってからだった。
 銀幕市が騒然とし、皆がその後始末に――物理的な意味でも、メンタルの意味でも――追われている間に、季節はいつの間にか秋を過ぎ、明け方の空気は頬を切るほどに冷たい。つい先刻まで鮮やかな赤や黄色の彩で満ちていたように思える杵間山も、今はもうその華やかな衣装を脱ぎ捨てつつある。
 いつの間にか密やかに流れ、過ぎ去っていく、時間という不可視のもの。
 かさり、と音を立てて枯れ落ちてゆく木の葉を見上げ、リゲイルはその不思議さを思った。
「この前まで、あんなに真っ赤だったのに」
 縁側に腰掛け、この一ヶ月で随分様変わりをした庭や杵間山を見ながら呟く。
 午後二時を少し過ぎた空は、明るくはあるが、温度はなく、陽光も街や世界を暖めてはくれない。
 そう、もうすぐ厳しい冬が来るのだ。
 大地は眠り凍りつき、恵みを与えてはくれず、ゆえに生物は身を寄せ合って、風の冷たさから己を守ることとなるだろう。
 しかし、実は、こうして古民家に入ってしまえば、寒さは感じない。
 そもそもリゲイルは寒さに強いが、それだけの理由ではなく、
「リゲイル、茶が入ったぜ」
「あ、ありがとう、刀冴(とうご)さん」
 この古民家には、そこに存在するだけで精霊の動きを活発にし、働きかけて、周囲の環境を最適に整えてしまう、天人という便利な種族の男がふたりも住まっているのだ。
 リゲイルも、今はカシミヤのコートを脱ぎ、華やかな色合いの薄手のセーターにミニスカートという出で立ちだが、服の外に出ている素肌の部分を含めて、まったく寒さを感じてはいない。
「あ、これ、前に収穫を手伝った林檎?」
「おう。白ワインで硬めに煮ておいたのを白餡で包んで、そいつを、胡麻を練り込んだパイ皮で包んで焼いてみた。和風パイ菓子、ってとこかな。……どうだ?」
「うん、美味しい。よく合うのね、林檎と白餡って。お茶にも合うし、すごく温まるわ」
「そうか、そりゃあよかった」
 リゲイルが和風パイに相好を崩すと、夏の空を思わせる、深く鮮やかな青の双眸を細めて刀冴は晴れやかに笑った。
「おいでになったのか、リゲイル殿。ゆるりとして行かれるがよい」
 そこへ、天人族随一の武人と名高い美丈夫が、肩に半身である黒竜を停まらせて現れ、リゲイルに穏やかな微笑を向ける。
「今日は、十狼(じゅうろう)さん。お邪魔してます。なんだか、あっという間に冬になっちゃったね」
「ああ、そうだな。時間とは、かくも早く過ぎ行くものかと、私も驚いているところだ」
「うん、本当に。畑や果樹園の植物は、元気? 今は何が美味しいの?」
「無論、健やかに育っているとも。貴殿や、若や、お客人に美味な作物を食していただかねばならぬゆえな、手入れは欠かしておらぬ。……ふむ、今か。今ならば、大根や白菜がもっとも美味であろうかな」
「ああ……そういえば、大根や白菜をおだしで炊いて、お醤油で薄く味付けしたの、美味しかったね。また食べたいなっ」
「ふむ、では、今宵の夕飯にでもお出ししようか。――夕餉にお誘いしても、問題はないか?」
「あ、うん、大丈夫。はい、じゃあご馳走になります! えへへ、楽しみー」
 にこにこと笑い、リゲイルは湯呑み茶碗を手に取った。
 刀冴の淹れてくれた煎茶は、甘くてほろ苦く、そして温かい。
 胸の奥までお茶の香気を吸い込んで、リゲイルは庭の向こう側を見詰めた。
 視界に、銀幕市の市街地が広がる。
 明るく眩しく冷ややかな光と空気に包まれて、街は浮かび上がるように輝いている。
 生きている色だ、とリゲイルは思った。
 たくさんのものが生きて、動いている世界の色だ、と。
 どれほどの悲嘆、痛み、苦悩が、そこにいるひとりひとりを襲い、覆おうとも、世界はゆっくりと、しかし確実に歩み続けている。
(わたしがいてもいなくても、世界は回って行く)
 ふと、そんな思考が根差し、リゲイルは空を見上げた。
(わたしはちっぽけで、わたしがいてもいなくても、世界にはなんの影響もない)
 彼女は大富豪で、たくさんの友人に囲まれている。
 たくさんの人たちがリゲイルに笑顔を向け、彼女を大切にしてくれる。
 自分はとても恵まれていて幸せだと思う。
 しかし、だから自分は世界にとって必要で、失えないものなのかと問われたら、リゲイルは首を傾げる。
 きっと、リゲイル以外の、他の誰だって、そうだ。
 ひとつひとつの命は貴く大事だが、それが、この世界を回す上でなくてはならないものかと言われたら、多分、そんなことは決してない。その誰がいなくなっても、日々は過ぎ行き、四季は巡り、地球は回るだろう。
 命の営みとは、恐らく、その程度のものなのだ。
 愛しくも薄情で、淡々とした流れを、命と呼ぶのだろう。
 そう思ったら、この世で自分がたったひとりのような孤独と、何もかもを背負い込み思い悩む必要はないのだとでも言うような小さな安堵とが押し寄せ、リゲイルは思わず黙り込んだ。
 そうして、緩やかに時間が過ぎていく。
 刀冴も十狼も、何も言わない。
 彼らは、穏やかな眼差しで、リゲイルのすべてを待ってくれている。
 何を言っても、何をしても、受け入れて、頷いてくれる。
 そんな確信があって、胸の奥がふわりとやわらかくなる。
 この町の人々がリゲイルに優しいように、この主従もまた、リゲイルに温かい。
 ひとつの、リゲイルという命が確かに輝いていることが、ここにいると――もちろん、ここだけではないが――判る。
「……あのね」
 煎茶の、緑がかった金色の水面を見詰めながらぽつりと呟く。
 今日、ここへ来たのは、聞いてもらいたいことがあったからだった。
「ああ」
「わたし……この前、昴神社に行って来たの」
「昴神社って、ああ、もしかして……」
「うん、ちょっと、今、難しくなってるところ。あのね、そこでね、」
「ああ」
 刀冴の青い目がリゲイルを見詰める。
 その眼差しは、やはり、静かだ。
「声を聞いたの。『おまえの両親は、おまえを庇って死んだんだ』って」
「――……そうなのか」
「うん、小さい頃に、強盗に殺されたんだって。知ったのは、つい最近なんだけど」
 鬱陶しいくらい子煩悩で奥さん大好きで、腕のいいキュレーターだった父・ユースフと、リゲイルには優しくて父には厳しい、もともとはピアニストを目指していたという母・ジブリール。
 リゲイルが今のリゲイルになった要因でもあるふたりの記憶は、それほど鮮明ではないが、リゲイルにとってそれらは宝物だ。
「それまでは、仕事で遠くに行ってるって言われてて、わたし、それをずっと信じてたんだけど、十三歳の時だったかな、使用人が口を滑らせたのね。両親は殺されたんだって。それで、叔父を問い詰めたの」
 強盗はユースフの知人で、ユースフがブラックマーケットにまわす贋作作りを拒否したため、その怨恨と口封じのためであったこと、同時に純粋に金目当ての犯行でもあったこと、嵐の夜の出来事だったこと、両親は即死だったこと。
 リゲイルが叔父から聞き出せたのは、その程度のことだったが、ふたりがもうこの世にいないことだけは事実だった。
 それらを淡々と、他人事のように話していると、刀冴がほんの少し哀しげな目でリゲイルを見ていた。十狼も、悼みめいた微苦笑を浮かべてリゲイルと刀冴を見ている。
 十狼の黒竜、エルガ・ゾーナが、リゲイルを案じるように膝に乗り、彼女を見上げた。リゲイルは少し笑って、エルガの頭を撫でる。
「どうしたの、刀冴さん」
「……いや。あんまり実感がこもってねぇ気がすんのは、ずっと遠くにいると思ってたからか?」
「うん……だって、ずっといなかった人が実は死んでたんだって言われても、自分の中にストンって落ちてこないもの。だから、多分、まだわたしの中でふたりは死んでないのよ。ちゃんと納得出来ていないの」
 何年も、折り合いの悪い祖母のもとで冷たい日々を生きてきた。
 貴い血筋の祖母は、娘が武器商人の家系と結婚したことが許せず、納得も出来ず、跡継ぎほしさにひとりになったリゲイルを家に迎え入れて育てたが――この辺りの事情は、リゲイル自身は、実はあまりよく判ってはいない――、娘を奪った男の面影を色濃く残す孫に、愛や慈しみ以外の感情ばかりを募らせた。あの古い家で、リゲイルは、孤独という石壁に覆われて生きていた。
 反対に、父の弟であるレオニードが、彼女を明るい世界に連れ出してくれた。
 大企業を率いる身でありながら、姪のことで頭がいっぱいの彼は、リゲイルのために自分の人生すら捧げている。
 そのことに気づいたのも、最近だった。
「今でも、わたしにとって父は、わたしと母のことが大好きな変な人だし、母は、父への愛情の示し方がちょっと乱暴な、でもわたしにはとても優しい、いつも笑ってる人なのね。今でも、わたしの中で、両親は生きたままなのかもしれないし、自分の中で、ちゃんと区切れていないのかもしれない。だけど、少し、思い出したことがあって」
 以前、悪役会の勢力を二分する男が奇妙な暴走を起こし、その事件に関わって撃たれたことと、今回の一連の事件に遭遇して、おぼろげながら昔のことを思い出した。
「夜中に強盗と鉢合わせた時、寝惚けて声をかけたのはわたしだったの。そうしたら父が撃たれて、それから母が飛び出してきて、わたしを庇って撃たれた。その時、一緒に撃たれて、それがここを貫通して、死にかけたの」
 右脇腹を手で押さえながら言うと、十狼が痛ましげな視線を向けた。
 激烈で厳しい、容赦のない性質を持ちながら、リゲイルには妙に甘い男だ。
 以前にも言っていたが、猪突猛進なところが、彼の愛する若君に似ているからなのかもしれない。
「うん……やっぱり両親は自分を庇って死んだのよ。わたしのために死んだの。そのことを、あの『声』は指摘していたんだわ」
「だが、それはリゲイルの所為じゃねぇだろ。他の連中も言っただろうが、親御さんは、あんたを守れて誇らしい気分だったと思うぜ。親ってのは、そういうもんだろうよ」
 刀冴の言葉には、何故か実感がこもっていて、リゲイルは隣に腰かけた背の高い男を見上げる。
「……うん。でも刀冴さん、何だか、すごく実感がこもってるみたい……?」
 言うと、刀冴は苦笑した。
 十狼の銀眼にも、昔を懐かしむような光が揺れる。
「ひけらかすような話でもねぇけど、な。俺の親も、兄貴や姉貴も、俺を守って死んだんだよ」
「えっ」
「俺の小さい頃、俺たちの故郷は乱世っつってな、あちこちで戦争してる状態だったんだ。俺の故国は小さくて、おまけに王太子殿下が僭王に放逐されたりなんだりで弱ってるとこを色んな国から攻められて、一度滅びかけたんだが、まぁ、その時にな」
「お父さんもお母さんも、お兄さんもお姉さんも……?」
「ん、ああ。全員、優秀な武人だったし、国のために戦うって気概と誇りを持ってたからな。俺が六歳の冬に、隣国との小競り合いがあってな、俺の住んでた町も攻められて、その戦いで皆死んだ」
「そう……なんだ……」
 淡々とした語り口の中に潜む、悲惨な過去の姿に、彼の舐めてきた辛酸の欠片を見たような気がして、リゲイルは思わず言葉をなくしたが、刀冴に悲壮感はなかった。
 十狼が、悼むような、慈しむような眼差しで刀冴を見たが、刀冴自身は、それを気にしてもいないようだった。
「でも、家族の皆が、最期の最後まで、俺を愛してるって言ってくれた。だから俺は生きなきゃならなかったし、家族がそうしたように、大事なもののために命をかけて戦わなきゃいけなかった。リゲイル、おまえもそうなんじゃねぇかと俺は思う」
「わたし、も?」
 呼称が少し変化したことを不思議に思いつつ、リゲイルが問い返すと、刀冴は頷いた。
「おまえの父さん母さんは、おまえが生き延びるなら自分の死にも意味があるだろうと思ってるぜ、リゲイル。例えば、俺が、てめぇを犠牲にしてでも守らなきゃいけねぇって思ってるものがあるように、リゲイルが自分より大事だって思えるものがあるように、おまえの親御さんにとっちゃ、おまえはその意味のある存在だったんだ」
 刀冴の言葉には迷いがない。
 だからこそ彼は強いのだろうかと思いつつ、だからこそあんなにも無茶をするのだろうと――自分のことは少し棚に上げておいて――思いもする。
「きっと人間は種を持ってるんだ、誰でも」
「種?」
「ああ。次につなぐための種だ。それは自分の子どもかも知れねぇし、友達や恋人かも知れねぇ。そういうもんのために、おまえの親御さんや叔父さんは、自分の命や心をかけて今まで来たんだろう」
「うん。……うん……」
 そう、本当は、判っている。
 両親が自分のために命を落としたのだ記憶に実感させられるということはひどくショックだったし、哀しかった。もう二度と会えないのだという事実と、自分がその原因だったのだという自責の念が、リゲイルを苦しめもした。
 しかし、同時に、別に思い出したことがある。
 それは、当時大学生だったはずの、叔父のことだ。
 彼は、リゲイルを哀しませないために、咄嗟に、必死で『急な仕事で遠くへ行った』と言い、それが嘘だと感づかれないように、誕生日やクリスマスなどに、両親名義でこっそりといつもプレゼントやメッセージをくれていた。
 それはきっと、とても手間のかかる、骨の折れる『仕事』だったに違いないのに、彼はそれを、使用人が口を滑らせるまでの何年もの間、たったひとりでやり通したのだ。
 ――あの『声』が、リゲイルを苦しめようと、そして罪を償わせようと発せられたものであるのかどうかは判らない。
 それでも、あの『声』で、リゲイルは自分がどれだけ愛されていたのかを思い出し、今でもどれだけ愛されているのかを実感することが出来た。
 リゲイルは、それに気づくことが出来た自分を喜ぶ。
 自分の中にも『種』を見出すことが出来た自分を、そしてその、純白の種子を、これから育ててゆくことの出来る自分を。
「あの時聞いた『声』はショックだったし、棘はきっと、わたしの中に残って、なかなか抜けないと思う。でもね、わたし、とっても幸せ。両親や叔父さんが、わたしのことをどれだけ大切にしてくれていたか、今でもどれだけ思ってくれているか、全身で理解することが出来たんだもの」
「……ああ、そうだな」
 刀冴は晴れやかに笑ってリゲイルの頭をくしゃくしゃとかき回し、リゲイルがくすくすと笑うのへまた笑って立ち上がった。
「茶が冷めちまったな、ちょっと淹れ直してくるわ」
 そう言って厨へと消えて行く刀冴の背を見送っていると、
「――……リゲイル殿」
 十狼が、静かにリゲイルの名を呼んだ。
「はい、何、どうしたの、十狼さん?」
 十狼の眼差しはどこまでも静かだ。
「私は、刀冴様のご家族が身罷られた際、彼をお助けするためにかの国へ赴いた」
「……うん」
「刀冴様は、当時六歳とは言え、天人の血のゆえに成長が遅く、実際には三歳程度のお姿でしかなかった」
「……そう、なんだ」
「若をお救いした時は、まだ冬も終わり切っておらぬでな、彼は、たったひとりで、三ヶ月もの間、雪に埋もれながら生きておられたのだ。今でこそ若は天人の血が強く発露しておられるが、当時はまだ、かよわい人の子そのものであらせられたゆえ」
 それはどれほどの孤独で、どれほどの絶望だっただろうかとリゲイルは思った。そして、それを耐え抜いたから、刀冴は今の刀冴になったのだろうか、とも。
「ようやく若をお助けした際、私は驚かされたのだ」
「え、刀冴さんがあんまり小さくて?」
「ああ、それもある。だが、それだけではない。思念……と、申すのであろうかな、あれは。刀冴様の周囲を、ご家族の思いが包み込んでいた。それが、刀冴様をお守りしたのやも知れぬ」
「家族の、思い……」
「ああ。彼らは祈っておられたよ。ただ生きて、幸せになってほしい、と。出来れば、戦いのない世界で、己が幸いのために生きてほしい、と。――残念ながら、それは、叶えられなんだが」
 十狼の唇が苦笑のかたちを刻む。
 それは何となく判る、と、リゲイルは少し笑った。
「――恐らくは」
「えっ」
「リゲイル殿のご両親もまた、ただただそれだけを思っておられるのではないかと」
「……ッ」
 十狼の言葉は、まるで、リゲイルという土壌にしみこんでゆく水のようだ。
 リゲイルはそこに、真実という名の光を見る。
 そう、ただただ幸せであれ、と。
 自分たちのことなど気にせず、生きて、幸せになれ、と。
 遺されたものの哀しみと同等に、遺して逝く者の無念と哀しみはある。
 残るものたちに、去り逝く人々は祈るだろう、死者に心を残さずにいてほしい、ただ未来のために生きてほしい、と。
 ずっとずっと愛していると、ずっと見守っていると、いつでも伝えたいと思っているのと同じく。
(ああ……そうか、判った)
 リゲイルの胸に、清々しい風が去来する。
(わたしはちっぽけで、いてもいなくても世界に何の影響もない、だけど)
 それは確信だった。
(わたしがいなくなれば、誰かが哀しむ。わたしを愛してくれる人たちが哀しむ。わたしにたくさんのものを注いでくれた人たちが、哀しむ。わたしの愛する人たちがいなくなった時、わたしが哀しむように)
 同時に、それは赦しだ。
 『わたし』を赦す言葉で、『あなた』を赦す言葉。
 誰もが、誰かに思われて生きている。
 誰かに愛されて幸いを感じ、誰かを愛することで幸せになれる。
 だからこそ、生きなくてはならないし、生きていてもいいのだ。
 リゲイルは両親に愛されていた。
 愛されていたから、守られた。
 両親は、リゲイルに生きてほしいと思って彼女を守った。
 叔父は、リゲイルを哀しませたくなくて偽った。
 必死で『両親の時間』を続け、そのことでリゲイルを守った。
 善意と愛の種はそこかしこに宿り、続いてゆく。
 そしてそれが、世界を彩る力のひとつになる。
「……わたし」
「ああ、いかがされた」
「うん、……幸せものだなぁって」
「…………ああ、そうだな」
 十狼が微笑み、長くて白い、武骨な指先で、リゲイルの額に触れた。
 ふわり、と、白い光が集ったような錯覚があって、リゲイルが首を傾げると、
「ご両親がただ一途にそれを願われたように、私もまた、貴殿の幸いを祈る」
 そんな、穏やかな言葉が返った。
「……うん、……うん、ありがとう……」
 くすぐったいような、照れ臭いような、泣きたいような、抱きつきたいような、笑い出したいような、困ってしまうような、そんな複雑な感情に、リゲイルは思わず言葉に詰まる。
 十狼はそれを、微笑みながら見詰めている。
 そこへ聞こえてくるのは、
「おーい、茶が入ったぞ。ついでに昨日焼いたチョコレートパイも持ってきたけど、食うか?」
 刀冴の、明るくあっけらかんとした声だ。
「わ、チョコレートパイだって」
 リゲイルは十狼と顔を見合わせ、エルガ・ゾーナの鬣を撫でて呟いた。
「食べないわけに行かないわよね、もちろん」
 足音もなく近づいてくる刀冴を見ながら、リゲイルは笑う。
 あの事件から引き摺っていた陰、棘は決して消えはしないけれど、心は、随分と軽く、清々しくなっていた。

 世界は淡々と薄情だ。
 けれど同時に、世界はすべてを受け入れ、赦してくれている。
 リゲイルがそれと望む限り、『種』はすべての場所に芽吹き、育まれていくことだろう。
 『種』は、たくさんのものをリゲイルに与えてくれるだろう、奪うのと同等に。
 ――だからこそ世界は色鮮やかで美しいのかもしれないと、人はやさしく愛しいのかもしれないと、リゲイルは、思った。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました。
コラボシナリオに関連するプライベートノベル、【崩壊狂詩曲・異聞】をお届けさせていただきます。

リゲイルさんを苦しめ、同時に貴い真実を気づかせた『声』を軸に、リゲイルさんと天人さんたちの交流と、リゲイルさんの成長、目覚めを描かせていただきました。

世界にとって、命とは無数にあるものでも、生きるということはひとつひとつがドラマなのではなかろうかと思います。
リゲイルさんをはぐくんだ土壌にご両親の死があるのだとしても、それは、リゲイルさんのための栄養として、今後の彼女を健やかに長じさせる力にもなるのではないかと思わされました。

たくさんの哀しみ、苦悩を経て、しなやかに成長してゆかれるリゲイルさんと、それを穏やかに、微笑ましく見守る天人さんたちの関係を、きちんと描写出来ていれば、幸いです。

なお、口調や行動などでおかしな部分がございましたら、可能な範囲で訂正させていただきますのでご一報くださいませ。


それでは、素敵なオファーをどうもありがとうございました。
また、機会がありましたら、どうぞよろしくお願い致します。
公開日時2008-12-07(日) 19:00
感想メールはこちらから